不妊は女性だけの問題ではありません。しかし妊活・不妊治療・妊娠出産の身体的、精神的、社会的負担は女性側に偏りがちです。男性不妊と当事者性、精子提供やAIDをめぐる課題を考えます。
目次
不妊は女性だけの問題ではない
精子提供やAIDの在り方を考える上で、私は「男性側が生殖に関する問題の当事者になりにくい社会構造」も無視できないと考えています。
まず大前提として、不妊は女性だけの問題ではありません。こども家庭庁の不妊症・不育症に関する情報サイトでは、WHOの調査として、不妊症のうち「男性のみ」に原因がある割合が24%、「男女とも」に原因がある割合が24%と紹介されており、不妊に悩むカップルの約半数には男性側の要因も関わるとされています。政府広報も同様に、不妊の原因は女性側だけではなく、約半数は男性側に原因があると説明しています。 [1] [2]
男性不妊については、不妊の原因の半分は男性側にあるという解説でも詳しく取り上げています。
女性側に偏るケアと生殖負担
しかし、実際の社会では、不妊治療、妊活、妊娠、出産、育児の負担は女性側に偏りがちです。アジア太平洋地域についての研究でも、女性は依然として「ケアを担う存在」と見なされやすく、家族・仕事・出産をめぐる負担が女性に不均衡にかかっていることが指摘されています。日本においても、6歳未満の子どもを持つ夫婦と子どもの世帯では、夫の家事関連時間が1日1時間54分であるのに対し、妻は7時間28分であり、育児を含む家庭内負担にはなお大きな差があります。 [3] [4]
不妊治療そのものも、身体的には女性側に大きな負担がかかります。体外受精では排卵誘発、採卵、胚移植など、女性の身体に直接介入する過程が多く含まれます。男性不妊が原因であっても、実際に通院、投薬、採卵、移植、妊娠、出産を担うのは女性である場合が少なくありません。
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不妊治療・妊娠出産に伴う身体的リスク
体外受精に伴う身体的リスクとしては、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)があります。ASRMは、OHSSを生殖補助医療に伴う「まれだが重い合併症」とし、中等症から重症のOHSSは、歴史的にはIVF周期の約1〜5%で報告されてきたとしています。NHSも、排卵誘発薬により卵巣が大きく痛くなり、治療周期を中止しなければならない場合があると説明しています。 [5] [6]
さらに、妊娠・出産は、現代医療の下でもリスクがゼロになるものではありません。WHOによれば、2023年には世界で約26万人の女性が妊娠・出産に関連して死亡しており、妊産婦死亡の主要な原因には大出血、感染症、妊娠高血圧症候群、分娩合併症などが含まれます。CDCも、分娩に伴う重篤な母体合併症は、短期または長期の健康問題を残し得るものだと説明しています。 [7] [8]
このように、医学的・身体的な負担は明らかに女性側に大きく偏っています。それにもかかわらず、社会的発言力や支援体制は十分とは言えません。厚生労働省は、不妊治療経験者のうち26.1%が、仕事との両立ができずに離職、雇用形態の変更、不妊治療の中止などを経験しているとしています。また、両立困難の理由として、通院回数の多さ、精神的負担、仕事との日程調整の難しさが挙げられ、治療を職場に知られたくない人もいるとされています。 [9]
国立成育医療研究センターの研究でも、高度不妊治療を受ける女性のストレス要因として、「終わりの見えない治療」「仕事と治療の両立ができず葛藤」「女性にばかり負担が大きいことへの不満」「理解のない周囲の言葉に傷つく」「相談できる相手がおらず孤独」などが挙げられています。これは、単に治療がつらいという話ではなく、治療を受ける女性が、身体的負担、精神的負担、職場との調整、周囲からの無理解を同時に背負っていることを示しています。 [10]
男性側が当事者として可視化されにくい構造
一方で、男性側は当事者として可視化されにくい。日本の男性不妊に関する社会学的研究では、これまで不妊と男性を直接結びつけて考えてこなかったために、男性は不妊の問題を「他者、すなわち女性の問題」として見て見ぬふりをすることができ、現実の不妊治療の場でも消極的になりがちであると指摘されています。また、男性不妊専門の泌尿器科医は、生殖医療専門医全体の約7%にとどまるともされています。 [11]
海外の調査でも、男性不妊の当事者は必ずしも自発的に助けを求めたり、周囲に語ったりしていません。男性不妊に関する多国籍調査では、欧州の男性回答者のうち、自分から医療的助けを求めた者は15.8%未満であり、73%は自分の不妊について他者に話す可能性が高くないと回答しています。 [12]
私の経験に照らしても、SNS上の不妊治療アカウントはほとんどが女性であり、男性が自ら継続的に発信している例は非常に少ないと感じています。精子提供の相談でも、話し合いの中心は女性で、男性パートナーは最初から最後までほとんど出てこないことがあります。男性不妊が原因である場合でさえ、男性本人が主体的に説明し、悩み、調べ、話し合いに参加するのではなく、女性側が情報収集、相談、医療機関との調整、ドナー探しまで担っているケースを私は何度も見てきました。
これは「男性が全員無責任である」という話ではありません。男性不妊を深刻に受け止め、パートナーと共に悩み、治療や話し合いに参加している男性も確かにいます。しかし社会全体として見ると、生殖は女性の身体で起こるものだという事実が、逆に「生殖に関する問題は女性が引き受けるものだ」という誤った役割分担を生みやすい構造があります。
精子提供やAIDで問われる男性側の責任
精子提供においても、この構造は無関係ではありません。AIDや個人間精子提供に至るまでの過程で、情報を集め、相談し、悩み、批判や誹謗中傷のリスクを引き受けるのは、多くの場合女性です。妊娠するのも、出産するのも、出産後に身体的・精神的な変化を受けるのも女性です。それにもかかわらず、社会的な議論の場では、女性が「子どもを欲しがりすぎている」「自然に反している」「身勝手だ」などと非難されやすく、男性側の責任や沈黙は十分に問われていません。
医療機関での精子提供やAIDの制度については、選択的シングルマザー・レズビアンカップルが直面する制度上の壁でも解説しています。
私は、精子提供やAIDの制度を整えるなら、ドナーやクライアントの審査だけでなく、男性側の当事者性を高める仕組みも必要だと考えます。男性不妊の検査を受けやすくすること、学校教育や成人時の健康教育で男性の生殖能力について教えること、カップルでのカウンセリングを標準化すること、AIDや精子提供に関する説明の場に男性パートナーも参加することを原則とすることなどが考えられます。
生殖は女性だけの責任ではありません。子を望むこと、子を持てないこと、精子提供を受けること、妊娠・出産・育児を引き受けることは、女性だけが考え、女性だけが傷つき、女性だけが説明責任を負うべき問題ではありません。精子提供の制度を国民主導で考えるのであれば、同時に「なぜ男性はこの問題から降りることができてしまうのか」という社会構造も、正面から議論されるべきだと私は考えます。
妊娠に向けた基礎知識については、妊娠率を上げるためのポイントも参考になります。
参考文献・資料
- こども家庭庁「男性不妊」不妊症・不育症に関する広報啓発促進事業
https://funin-fuiku.cfa.go.jp/dictionary/theme06/ - 政府広報オンライン「不妊治療に関する記事」
https://www.gov-online.go.jp/article/202309/entry-7862.html - Global Health & Medicine “Women’s health and gender-related disparities in the Asia-Pacific region”
https://www.globalhealthmedicine.com/site/download-doc-pdf.html?docid=315 - 総務省統計局「令和3年社会生活基本調査」
https://www.stat.go.jp/info/today/pdf/190.pdf - American Society for Reproductive Medicine “Prevention and treatment of moderate and severe ovarian hyperstimulation syndrome: a guideline”
https://integration.asrm.org/practice-guidance/practice-committee-documents/prevention-and-treatment-of-moderate-and-severe-ovarian-hyperstimulation-syndrome-a-guideline/ - NHS “IVF”
https://www.nhs.uk/tests-and-treatments/ivf/ - WHO “Maternal mortality”
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/maternal-mortality - CDC “Severe Maternal Morbidity”
https://www.cdc.gov/maternal-infant-health/php/severe-maternal-morbidity/index.html - 厚生労働省「不妊治療と仕事との両立」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_14408.html - 国立成育医療研究センター「高度不妊治療を受ける女性のストレス要因に関する研究」
https://www.ncchd.go.jp/press/2023/1005.pdf - J-STAGE「男性不妊をめぐる社会学的研究」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kantoh/2024/37/2024_151/_pdf - The World Journal of Men’s Health “Male infertility and help-seeking behavior”
https://wjmh.org/DOIx.php?id=10.5534%2Fwjmh.220099
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