精子提供に関する私の考え

精子提供(一部は生殖医療制度)の在り方について、私の考えをこの記事にまとめます。

精子提供は生殖補助医療(に入るかどうかのそもそも論的な議論はありますが)の一部に過ぎません。それに関して語っても、生殖補助医療すべてを語ったことには到底なりません。しかし、私は医療現場や学界にいた経験はなく、実際に経験したのは精子提供のみです。知らないことを浅知恵で語っても仕方がないので、唯一経験がある精子提供について私の考えを語ろうと思っています。浅学非才の身ではありますが、微力ながら一般国民の方々が生殖補助医療について興味を持つきっかけとなれたら幸甚の至りです。

精子提供に関する私の立場

  • 医療現場の意見を参考にしつつ、国民主導で在り方を決めるべき
  • 個人間精子提供は段階的に廃止し、医療機関を通した提供に切り換えるべき
  • 精子提供(AID)も助成金の対象とすべき
  • すべての新成人に対して無償の不妊検査を提供し、受診を推薦すべき
  • 子の利益を最大限に考慮した上で、ドナー及びクライアントの審査をすべき
  • 出自を知る権利は保証されるべき

以下、それぞれについて詳細を述べます。

医療現場の意見を参考にしつつ、国民主導で在り方を決めるべき

生殖補助医療の在り方は国民の幸福追求権(憲法13条)に深く関わります。また、産まれてくる子の利益(出自を知る権利を含む)や、治療対象となる女性の保護も重要です。これらは医療のみで完結する問題ではなく、人権そのものが深く関わってくる領域なので、国民主導(選挙によって選ばれた政治家によって)決められるべきです。前述した通り、その為に私は多くの人に問題の所在を知ってもらうことが大事だと考えています。

もっとも、現実からかけ離れた理想論の押しつけにならないように、医療現場の意見は参考意見としてその際に十分重視されるべきです。

個人間精子提供は段階的に廃止し、医療機関を通した提供に切り換えるべき

私は個人間精子提供には条件付きで反対の立場です。精子提供は医療機関を通して行われるべきだと考えます。

「ではなぜあなたは精子提供をやっているのか」と言われれば、現状医療機関での生殖補助医療制度は不十分であり、子を問題なく養育できるにもかかわらず子が作れない状況が蔓延しているからです。

私はこれまで多くの子を望む方から精子提供の相談を受けました。2割はとても誠実な方で、6割はどちらかわからない人、2割は不誠実な人といったという印象を受けました。誠実な人が多いと思うか少ないと思うかはその人次第ですが、「かなり誠実に子を欲している人で、AIDしか方法がない」人は相当数います。彼らから子を持つ権利を奪うのは正義に反します。そのため、もし医療機関を通じたAIDの制度が不十分ならば、個人が提供することもやむなし(積極的に推奨ではない)と考えます。

しかし一方で、個人間提供の限界も感じています。先程割合を述べましたが、果たしてそれは本当に妥当なのか。私はカウンセラーでもないし生殖補助医療の専門家でもありません。巧妙に嘘をつかれたら見分けられないかもしれない。現状は「2割のとても誠実な方」に絞って提供をしていますが(そもそも残りの8割は何らかの理由でフェードアウトしてしまうので提供にまで至りません)、そもそもその2割が本当に誠実かは、私の主観でしかありません。個人の提供だとお互いのプライバシーを尊重しなければならないので、「その人が子の利益を最大限考慮できる人かどうか」は100%完全に見分けることは不可能です。

また、提供方法の問題もあります。「子どもは性行為で作るもの」という考えで、性行為による妊娠を望む方もいますし、そうでなくシリンジ法での妊娠を望む方もいます。どちらでも気にしないという方もいます。現状私は「過去の事例を参考のために話した上で、当人に決めてもらう」という方法を取っていますが、これが正しいかどうかは議論があるところでしょう。

(子どもの)養育費請求権や相続権は「ない」ものとして合意を得ていますが、この合意が果たして有効かどうかも疑問が残ります。アメリカではドナーに対し養育費が請求された事例がありますが、これは医師の介在の不在(異性婚に限るがカンザス州には病院でのAIDの制度がある)と、カンザス州が同性婚を禁止している(クライアントはレズビアンカップルだった)ことが影響しており、一般的な事例とは言えません。日本においても、非嫡出子の相続のような「一律で認める/認めない」という All or Nothing の判断ではなく、個別具体的な事例に応じて判断が分かれると私は予想しています。

例えば、レズビアンカップルで出産したほうが専業主婦を行っているケースで、仕事をしているパートナーから生活の支援を受けている場合に、当該専業主婦が「ひとり親で仕事をしていないので子を養えない」と子の養育費をドナーに請求するのは不合理です。他にも「男性不妊ないしFtMと女性のカップルが合意のもと精子提供を受け出産したが、後ほど夫が嫡出否認の訴えをした」場合は、養育費請求の対象とすべきはドナーではなく当該夫であるべきでしょう。

「どんな場合でも養育費や相続を請求できる」となると「慶應でAIDを受けたクライアントによる探偵を使ったドナー探し」のような、社会的に相当でない行為が蔓延するからです(子どもが出自を知ろうとすること自体を相当でないと言っているわけではなく、それが真に必要とはいえない場合に養育費や相続の為にドナーを特定しようとする行為が相当でないと言っています)。

最初に「(精子提供を含む)生殖補助医療は国民主導で在り方を決めるべき」と言いましたが、それはこの問題が医療機関や医学界の手にあまるからです。それらの手にあまる問題を、個人のドナーが解決できるとは私は到底思いません。

2020年現在、子の利益や当事者の気持ちに寄り添わず、私的な欲望を目的(報酬、性行為、自分と遺伝子が繋がった子を増やすこと 等)で提供を行っていると思しき精子提供者が目に見えて増えています。それによって被害に合う子どもが増える可能性があります。このような状況を踏まえ、早急に医療機関経由のAIDを増やし、その後個人間提供は法律で禁止すべきです。

精子提供(AID)に医療保険を適用すべき

前項で述べた通り、「当人たちには落ち度がほとんどなく、かつ、子の養育も問題なくできるAID希望者」というのは私の考えだと2割ほど存在します。2割という数字が正しいかはわかりませんが、0でないことは確信しています。レズビアン/GIDと女性のカップルと話してるときに特にこれは感じます。私に相談した人の異性婚カップルと同じで、「普通に生き、普通に出会い、普通に結婚し、普通に子どもが欲しい」人たちでした。この状況は、男性不妊の異性婚カップルに類似していると私は考えます。異性婚であれば男性不妊の際に人工授精(AIH)が受けられ、助成金の対象となります。これと同様に、レズビアンカップルやGIDと女性のカップルのAIDも、助成金の対象とすべきです。レズビアンやGIDの方は、男性不妊のカップルと同じく、自身の落ち度がほとんど無いからです。

すべての新成人に対して無償の不妊検査を提供し、受診を推薦すべき

私のもとには男性不妊の異性婚カップルが頻繁にやってきます。相談だけで終わるケースも多いのですが、終わる際によく言われることがあります。「離婚しました」という話です(選択的シングルマザー希望の方で「夫が無精子症なので離婚した後精子提供の相談に来ました」というケースもあります)。不妊自体は離婚事由になりませんが、不妊により婚姻生活が破綻し、協議離婚するケースは多いようです。

「真の愛があれば乗り越えられるはずだ」という人もいるかもしれませんが、私はこれには懐疑的です。私は妻が軽度の障害を負ったり、事故などで容姿が悪かったりしても受け入れられますが、後天的に重度知的障害を負ったり、重度の統合失調症を患ったり、24時間介護が必要な状況になっても愛し続ける自信はありません。「私は絶対に愛し続けられる」と自信を持って言える人もほぼいないでしょう。裁判例においても、回復の見込みがない病気の場合の離婚は(条件が付くこともありますが)認められており「愛があれば何でも乗り越えられる」とは考えていません。

「不妊が主な原因で離婚する」ことの是非はともかく、実際にそれで離婚してしまう人が多いことは事実で、これは誰も幸福にしません。それで離婚するのであれば、最初から結婚という選択を取らないほうが、双方にとっていいことです。特に女性は加齢により急速に妊娠可能性が低下し、出産時の危険が増すので、「男性不妊の人とは結婚できない」と思っている女性に最初からパートナー候補の情報(男性不妊かどうか)を知らせることは少子化対策や女性の幸福を守る観点からも合理性があります。

以上より、成人した段階で無償の不妊検査を全国民に対して提供すべきです。勿論強制はしてはならないし、検査結果は重要なプライバシーとして守られるべきですが、それにより「こんなはずじゃなかった」という「お互い不幸になる離婚」は避けられます。「前の夫と子どもができないまま婚姻生活が過ぎ、最終的には離婚してしまった。これから再婚という気にもなれないので、精子提供で子どもを作りたい」という事例も無くせます。どんな病気も予防の方が治療よりコストが圧倒的に低いです。

子の利益を最大限に考慮した上で、ドナー及びクライアントの審査をすべき

子は親のアクセサリーではありません。子どもはそれ自体の存在を望まれて産まれてくるものであり、親は(ダウン症や重度知的障害のような養育が著しく困難である特別の事情がない限り)どんな子が産まれても自身の手で養育する覚悟と意志を持って子を作るべきです。

残念ながら、それを理解できてない人はドナーにもクライアントにも存在します。性行為や自分の遺伝子を引き継いだ子が産まれることにしか頭にないドナーは数多くいるでしょう。「顔が良い子、頭がいい子、体格が優れてる子を作りたい」というデザイナーベイビーの発想で来るクライアントもいます(ただ単に「親が良ければ子も良い」のような単純な関係は成立しないのですが)。

「格安で作りたいから費用は全額負担して。そうでないなら他の人のところに行く」のような「安売り」を探している方もいます。子育てはかなりの費用がかかるため、そのような金銭感覚で子どもが本当に育てられるのか非常に疑問です(私は実費分を請求しているので、そのような人は私への依頼に至りません)。

私も男性なので、女性の好みはあります。しかし、提供の際に、クライアントの属性について私が評価を下すことは絶対にありません。有り体に言うなら「たとえ容姿その他が私の個人的な好みでなくても、絶対にそれを態度には出さない」ということです。それは単純に失礼ですし、私の個人的な嗜好で提供する/しないを決めるべきではないからです。

しかしクライアントの中には「身長体重が要件を満たさない」のような「あなたは○○が足りないからダメ」のようなことを平気で発言する方がいます。ダメと思うかどうかは個人の自由ですし、提供の可否はクライアントの意志に依るべきです。しかし「容姿がよければいい」「学歴が高ければいい」「収入が高ければいい」という判断基準で決めようとしている事を聞くと「この人はちゃんと子どもを育てられるのだろうか?」と不安になります。親が容姿がよければ、頭が良ければ、○○が良ければ、子どもにもそれが当然引き継がれるわけではありません。それに、子どもの幸福は、誰の遺伝子で産まれたかだけではなく、どのように育てられたかにも強く依存します。ステータスばかりを求める人は、それを理解していません。

精子提供は子の利益を第一に考えて行われるべきだと私は考えているので、そのような「子どもは(私のために)こうでなければならない」という考えが伺える人には提供をしない方針を私は貫いています。

ドナーやクライアントへの搾取は、まだ「自己責任」で済ませることもできますが、子どもはそうはいきません。子どもは精子提供をの是非について判断できる立場にありません。親の都合だけで産まれてきます。「親の都合だけで産まれる」のは、すべての生殖において当てはまりますが、それが許されるのは「親が子を全面的に受け入れ、愛情をもって養育する」からだと私は考えます。これは精子提供においても同じです。クライアントは(前述の例外を除き)どんな子が産まれても愛情をもって育てるべきで、容姿や知能でふるい分けをしてはいけません。また、ドナーも、産まれてきた子の遺伝上の親として恥ずかしくない生き方をすべきで、子の要求に応じて面談する義務があると私は考えます。

個人間精子提供においては、上記の義務が履行されていることが保証されません。従って私は個人間提供は(子の利益の為に)将来的に廃止すべきだと思っていますし、医療機関経由に切り替わった後においても、ドナー/クライアントに対して「上記の義務を履行できるか」の審査をすべきだと考えます。その義務の内容や、審査の方法は国民主導で決めていくべきでしょう。

出自を知る権利は保証されるべき

私はこれまで精子提供を受けたすべての人に対し「出自を知る権利」の保証を明言しています。アイデンティティ・クライシスを防ぐためにも、出自を知る権利は原則的に保証されるべきだと私は考えます。

おわりに

私は自分の考えが絶対だとは決して思っていませんし、だからこそ他者との開けた議論をしたいと思っています。その前提として、私の考えが正確に伝わることが重要であり、まとめる必要がありました。読まれた方に何かしら得るものがあれば幸いです。

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